
1962年、当時の千葉県印西町にて同地の開発計画が持ち上がった。同町では町を発展させるために企業誘致を行い、その呼びかけに応えた総武都市開発株式会社(※2008年12月に解散)が自然を破壊することがないゴルフ場の建設を提案、地元有志の協力もあり42万坪の土地を得る。当時だと36ホールのコースができる土地の広さだったが、「無理に36ホールつくるよりも、ゆっくりとした27ホールを」という会社の意向により27ホールのコースが造られることとなった。設計家は名匠・富澤誠造。広大な敷地に「のんびりとプレーできるコースを主眼にレイアウトされ、1963年2月に起工、1964年5月24日に開場された。開場の式典には皇族をはじめ各界の著名人が出席。こうして総武カントリークラブはスタートした。
開場当時はバック・ティで6,840ヤード、レギュラー・ティで6,355ヤード。ショート・ホールは180ヤードを限度とし、「ビギナーからシングルまで幅広いレベルのゴルファーが楽しんでプレーできるよう」設計家・富澤誠造が細部にまで心を砕いて設計された。各コースは自然の立木によりセパレートされ、コース内からは人家が見えないようになっている。そしてコース間の移動の際にも自然の美しさが楽しめるように工夫されており、コースにかかる3本の橋もそれぞれ自然との調和を考えそれぞれ趣向が凝らされている。そして、富澤がグリーンキーパー経験者だったこともあり、グリーンには特に力が注がれ完全な給水、排水設備が整えられた。
総武カントリークラブにはもう一つの歴史があります。
1967年(昭和42年)に船橋カントリークラブで開催された関東倶楽部対抗競技の第5ブロック予選に初参加した総武チームは、善戦健闘し第3位でした。参加チームは茨城、千葉、船橋、日光、三里塚、大洗と総武の7チーム、選手は8名参加で上位7名のスコアによる2ラウンド競技でした。
2011年5月17日(火)千葉新日本ゴルフ倶楽部・外房コースにて、関東倶楽部対抗千葉第3ブロック予選競技が20クラブの参加で行われ、総武カントリークラブは第5位となり、残念ながら予選通過はできませんでした。
代表選手の皆様、大変お疲れ様でございました。
また、多くの会員の皆様からもご支援、ご声援をいただきまして誠にありがとうございました。重ねて御礼申し上げます。
来年こそは優勝めざしてがんばっていただけますよう、今後とも研修会、倶楽部対抗へのご理解、ご協力をお願い申し上げます。| ・千葉第3ブロック予選競技 開催日 5月17日(火) 開催地 千葉新日本ゴルフ倶楽部・外房コース 参加数 20クラブ |
1位 | 袖ヶ浦カンツリークラブ | 439 | ||
| 2位 | 新日本ゴルフ倶楽部 | 450 | |||
| 3位 | 鹿野山ゴルフ倶楽部 | 450 | |||
| … | |||||
| 5位 | 総武カントリークラブ | 452 | |||
2011年6月8日(水)紫カントリークラブ・すみれコースにて、関東女子倶楽部対抗千葉ブロックの予選競技が29クラブの参加で行われ、総武カントリークラブは第5位で決勝進出となりました。決勝は2011年8月22日(月)に相模原ゴルフクラブ・西コース(神奈川県)に於いて開催され、見事第3位の成績となりました。ご支援・ご声援を下さいました会員の皆様に厚くお礼申し上げます。| ・千葉ブロック予選競技 開催日 6月8日(水) 開催地 紫カントリークラブ・すみれコース 参加数 29クラブ |
1位 | 成田東カントリークラブ | 318 | ||
| 2位 | 千葉夷隅ゴルフクラブ | 325 | |||
| 3位 | 姉ヶ崎カントリー倶楽部 | 327 | |||
| 4位 | 習志野カントリークラブ | 329 | |||
| 5位 | 総武カントリークラブ | 331 | |||
| ・決勝競技 開催日 8月22日(月) 開催地 相模原ゴルフクラブ・西コース 参加数 41クラブ |
1位 | 成田東カントリークラブ | 313 | ||
| 2位 | 石坂ゴルフ倶楽部 | 319 | |||
| 3位 | 総武カントリークラブ | 319 | |||
| 4位 | 霞ヶ関カンツリー倶楽部 | 325 | |||
| 5位 | 小田原ゴルフ倶楽部松田コース | 327 | |||
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